chomoshのブログ

だいたいゲームのこと。

千閃戦記

ちょもすです。

senki.sega.jp

 

なんかカード系のアケゲーが出るみたいですね。今月末は触ろうと思ってるゲームがいっぺんに出るのでちょっとした地獄みたいになっています。うれしい地獄。

 

久々にゲームセンターに行きたい気もするので、これは優先度上げて触っておきたいところです。何かのクローンってわけでもなさそうなので、SEGAのアケゲーの歴史上調整をミスってとんでもないことになっているのはまず間違いなく、とんでもないゲームが遊べる予感しかしません。ワクワクしますね。

 

RTS

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ゲームのすべてがスマホに一極化していく中、どういうアプローチでアケゲーの新作を出していくんだろうと思っていたんですが、やっぱりこういうRTS的なところに落ち着くんでしょうね。

 

というのも最近クラロワを遊んでいるんですけど、まー移動しながらやるのに向いてない。腰をすえてじっくりやる分には神ゲーなんですけど、電車乗りながらだと余裕で乗り過ごすし、ましてや歩行中にやろうものなら自殺行為みたいなゲームなんですよ。いつ相手に攻撃されるかわからないから、常に画面を見てる必要があって。それこそ家でやってても宅配便とか来たりすると「いや、ほんと今無理なんだけど」って言いながら諦めて宅配便受け取ったりとか。

 

そういう常に集中し続ける必要がありそうなゲームをゲームセンターでやるのって、いいですよね。没入できるというか。それが流行るかとかは置いておいて、ゲームに没入できる設計とか環境って、すごくいいなって思います。

 

激混みでない限り、ロケテはTCGのトッププレイヤーとして有名なAAさんの流麗なプレイを拝んで勉強させて頂きたいと思います。

 

 

それじゃあまた。

ブーメラン

ちょもすです。例のごとくまた更新しないと僕という人間がどんどんダメになっていきそうなのでハードルを低く低く保って更新します。

 

今日ふと本屋に寄ったらゆうきゆう氏の“言い返す技術”という本が新書コーナーに並べられていて、文春にロリコンであることを抜かれてしまった時に「この“言い返す技術”は役に立ったんだろうか」というところにまず至り、そのうえで「ちょっとでもイキるとなんでもかんでもすぐブーメランになるよなあ」と思い、「ブーメランをくらわないためにはイキらないことだよなあ」と思うも、「イキらないタイトルのブログしかり本しかり、そんなものは誰にも読まれないよなあ」というところに行きつき、実利を取るならある程度ブーメランリスクは覚悟して前に進まないといけないんだろうな、なんてことを思いました。ブーメランはダサいけど、ブーメランを食らうリスクを背負わないとお金とか名声にはならないんでしょうね。

 

だからといってやりすぎてもただ敵を増やし過ぎるだけなので、そのへんのバランス感覚が今後生きていくうえで重要なのかなあとかそんなことを思いました。

 

それじゃあまた。

対戦ゲームとバランス調整

ちょもすです。もしかしてこれはあけましておめでとうございますでしょうか。それすらもわからなくなっているほど年末は引きこもっていたというか、知り合いとひたすら遊びながら過ごしておりました。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

 

今ちょっと書いてみて違和感に気付きましたけど、知り合いと遊んでおきながらひきこもるってかなり図々しいですね。でも自然と出てきたワードなので普通に自分の中でそう思ってるんだと思います。要はTwitterとかBlogみたいな外部との連絡手段と遠ざかることをしてひきこもると捉えている、ということなんでしょう。

 

一般的なひきこもりとちょっと違いますけど、インターネットに生きがいを求めてしまった人間としては、これもまた一種のひきこもりなのかもしれません。僕が何が言いたいかというと、なんであれひきこもってても生きていけるだけのお金が欲しいということです。今年の目標は金です。

 

対戦ゲームとバランス調整

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獣道を見て、クーペレーションカップを見て、なんとなく考えたのは「対戦ゲームのアップデートの必要性」についてです。カードゲームしかり格闘ゲームしかり、およそ対戦ゲームと名のつく最近のゲームは、スパンに差はあれど、定期的にアップデートがなされる時代になりました。

 

あるカードが弱くされたり、あるキャラクターが強くなったり、最近のゲームはいともたやすく開発者の気まぐれでパラメータが変更されます。「今食ってたポテトチップスが上手かったからこのカードを強化しよう」を地で行く世界です。

 

それは言いすぎだと思うかもしれませんが、バランス調整などという答えのない曖昧なものに対して、商売であるがゆえに限られた期間内で決断する必要がある以上、ある程度主観が入ってしまうのは必然です。調整がうまくいくかどうかは運の要素もありますから、開発チームの能力が極めて高い場合を除き、「このカードが弱いと思うから強くしよう」と「今食ってたポテトチップスがうまかったからこのカードを強化しよう」は大差がない、と僕は考えています。

 

この状況に伴って、SNSで特定の強すぎる/弱すぎるキャラクターやカードに文句を言いまくり人々を扇動し、開発者に圧力をかけて調整させるのが最近の対戦ゲームの攻略なのではないか、と揶揄されるまでに至っています。簡単に調整できるようになったからこそ、「SNSでうるさく言われるから調整しよう」と開発者に思わせるのが重要になったというわけです。

 

事実そういう側面はあり、ゲーム会社としても騒がれまくってレビューに★1つをつけられまくるのは勘弁願いたいでしょうから、SNSでめちゃめちゃに言いまくってバランス調整を狙うという立ち回りは、調整前提の対戦ゲームの攻略としては極めて理にかなっています。

 

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色んな対戦ゲームを見てきて思うのは、そういった★1レビューを回避するためだけのヘイト調整をせざるを得ない世の中になってしまったな、ということです。これは開発者の暴走を止める側面もあるかもしれませんが、同時にゲームをさほど(少なくとも開発者より)理解していない人間の意見を採用せざるを得なくなってしまった、ということでもあります。ゲームのバランスとは無関係な“ゲームのバランス調整”が必要になってしまったんです。

 

バランス調整の必要性

一方で、です。冒頭で述べた獣道やクーペで種目として行われていた『STREET FIGHTER III 3rd STRIKE』は20年近く調整が入らないまま遊ばれています。これはプレイヤーやコミュニティの並々ならぬ努力があったことは言うまでもありませんが、対戦ゲームとして一つ確かなことは、このゲームはいくらSNSで騒いでもバランス調整が入りえないゲームである、ということです。

 

それでいてあれだけ感動的な試合が定期的に発生し、興行としても非常にレベルの高いイベントが開けるというのは、重要な事実のように思います。バランス調整をし続けることで長いこと遊ばれる完全に近いゲームができるかといえばそんなことはなく、むしろバランス調整を20年しなくても長く遊ばれるゲームは存在しうるという、その事実です。

 

いや、だからといってですよ。「バランス調整とゲームの良さは無関係!!!今すぐに全ての対戦ゲームはバランス調整をやめろwww」とかそんなまとめブログみたいなことを言うつもりはないですよ。バランス調整でゲームが良くなった例なんていくらでもありますし、2018年の今、バランス調整を前提にしないゲームを出すのは現実的に難しいでしょう。ただバランス調整ってなんだったっけ、ということと、バランス調整によって失うものもあるよね、ということは言っておきたかったんです。

 

例えばバランス調整前提のデジタルゲームは数年後に「あの時は先攻4ターン目に必ず死んでいて笑えた」なんて言っても実際に遊べませんけど、バランス調整が前提にないゲームなら今でも基盤を持ちだせば遊びえます。紙のカードゲームなんかも近いかもしれません。物さえあれば当時のカードプールで遊ぶことが可能ですから。

 

あるいは頻繁に行われるバランス調整によって、特定のキャラクターに入れ込むタイプのプレイヤーは生きづらくなってしまったかもしれません。特定のキャラクターが好きだから弱くても使っていたのに、何かの拍子で強くなり、その余波で弱くなり、今や見る影もないキャラクターになってしまい、遊ぶことも厳しくなった……なんて話は、対戦ゲーマーならよく聞く話ではないでしょうか。

 

性能も含めてそのキャラ/カードが好きだった、という状態があっても、SNSの情勢や開発者の気まぐれで変更される以上、それはもうただのデータとして向き合うしかないというか。いや、変更されなくてもデータですよ。ゲームなんだから。でもそういうことじゃなくて、人々がそのキャラに対して何を思って相対するかというところで、頻繁に能力が変更されるカードやキャラクターって、データとして接さざるを得ないと思うんですよね。もちろんそうでない人もたくさんいると思いますけど、昨今の流れに嫌気がさした人も少なくはないんじゃないかと思っています。

 

ちなみに僕は戦神・毘沙門で実感しました。すげー愛着のあるカードだったんですけど、スタン落ちして代替カードのゼウスが出てきた時に「ああこいつ、データなんだな……」って急に冷めてしまったことを強烈に覚えています。

 

 

 

 

調整をしなければインターネット総動員で攻略され飽きたと言われ、調整をすればインターネットで文句が沸き上がりまた調整を余儀なくされる。インターネットが対戦ゲームの情勢を全て変えてしまったと多くの人々が実感しはじめ、作る側も遊ぶ側も頭を悩ませるタネが増えてきた今、インターネットに適応した対戦ゲームの形は一体どこにあるんでしょうか。

 

 

 例のごとく投げっぱなしです。

 

  

それじゃあまた。

ライセンス

ちょもすです。

 

なんとなく親愛なるプロゲーマーであるゆかどんさんの配信を見てたら、コメント欄がプロライセンスについてちょっと話題になってて、あーやっぱみんな気になってるんだなあということをしみじみ思ったんですよ。

 

まるでなんの話かわからんという人はこのへんを見ればざっくり流れがわかります。

 

プロゲーマーのライセンス発行第1弾大会は「闘会議2018」 ウイイレ、スト5、鉄拳7、パズドラ、モンストが対象 - ねとらぼ

 

日本国内におけるプロゲーマーのライセンス制度について | 株式会社 忍ism(シノビズム)

 

これに関してプロゲーマーでもなくそういった界隈に大して関係があるわけでもない僕が言えることは何もないんですけど、余計な決断のコストを現役の人達に与えないで欲しいなあってのは思いますよね。結局のところ、このライセンスに乗るか乗らないかって、乗ったほうがいいかもしれないけどババ引くかもしれない、みたいな奴じゃないですか。どうなるかわからない。だから関わる人達は今後どうなるかをリサーチする必要があるし、リサーチしたうえで決断を迫られるわけじゃないですか。

 

プロと自分を並べるだなんてそんな恐れ多いことをするつもりはありませんけど、僕が今みたいな働き方をしてて最も思うのが、ゲームする以外の部分の雑務とか決断があまりにも多いことなんですよ。例えばなんらかの提案のメールを頂いたとして、色んなことを調べたり、色んなことを相談しながらして、受けるかどうかを考える。仮に受けると決めたら、どういった条件が望ましいのか考える。そのうえで、どういった返事を返すかを考える。一つ一つで言えば些細なことなんですけど、そういうのが積み重なってくると「いつゲームやればいいんだよ」ということになっていって、ゲームをやる時間が減っていく、っていうのが最近結構あって。

 

割とプロの人達もゲーム以外の部分で要求されることがどんどんどんどん増えていると思うんですよ。ある程度はしょうがない部分だとも思うんですけど、政治的な部分が増えすぎてもなんだかなあって思うじゃないですか。

そういうしょうもない部分でスーパープレイを生み出す人達の時間が削られるのってかなり悲しいと僕は思ってしまうんですけど、割と世間の皆さんは「プロなんだからそれくらい出来て当たり前」くらいの感覚なんでしょうか。そのへん思うところがある人は、ぜひとも無責任にコメント欄に投げておいてください。

 

それじゃあまた。

クソ更新です

ちょもすです。恒例の更新ハードルを下げるクソ更新です。

 

クリスマスは特に何事もなく、年末年始もとくに何もなく、これではいかんなと思いまたちょっと動きだしていきたいですね。配信もしたいなあと常々思っているんですけど、こう配信するゲームもなく。たぶんこれがよくないんですよね。やるゲームがあるから配信するんでなく、配信をつけてからやるゲームを決めるくらいのほうが、配信者としては優れているというか、適正が高いんだと思います。そのへんの折り合いをどうつけるのか考えつつ、今日のクソ更新です。

League of Legendsはクソ

ちょもすです。

 

League of legendsの話

きょうび僕のブログを読んでてLeague of Legendsがどんなゲームかを知らない人は人間ではないのでそのへんの説明は省略しますけど、僕ね、このゲームについて記事を書くことってしなかったんですよ。特に何かあるわけじゃないけど、攻略するには実力があまりに中途半端だし、プロチームのファンボーイかっていったらそうでもないし。でも面白いからずっとダラダラ続けてるゲームではあったんですけど。

 

ただ改めて考えてみると、僕の人生で一番やってるかもしれないゲームかもしれないんですよね。Season2くらいから引退と復帰を繰り返しながら、なんだかんだ遊び続けているゲームです。

 

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平均試合時間が一試合25分と仮定してみると104250分。ランク500戦くらいも入れたら116750分。実に丸々81日もこのゲームを遊んでおり、よくもまあ同じゲームをこんなに遊ぶよな、と自分でも思います。そんなLeague of Legendsですが、とある理由から、今から「League of Legendsがクソな理由」を6つ挙げたいと思います。

 

1.時間泥棒すぎる

今さっき書いたことですけど、このゲームはあまりにも時間泥棒です。

 

一試合の時間が長いこともそうだし、チャンピオン一人を習熟するにもそれなりの試合数が必要だし、何よりそれらが楽しいから、無限に時間を浪費する。League of Legendsがこの世に存在しなければ世の中の生産性は結構上がっていたんじゃないかと思うくらいに、全世界の人材の貴重な時間を大量に浪費させている悪魔的ゲームだと思います。

 

2.大会やイベント事が多すぎる

Twitchを開けばいつも何かしらの大会が開いている、は言いすぎですけど、それにしたって公式の大会は多いですよね。つい最近Worldsが終わったと思ったら次はAllstarだし、Allstarが終わったら新シーズンが始まるし、新シーズンが落ち着けばLJLですよ。もう休む暇ない。いつカードゲームやるんだよ。Worlds見て「また韓国同士かよ」っていうのは面白いし、LJL見て「やっぱり韓国人なんだよなぁ」っていうのも面白い。面白くて他の配信を見る暇がなくなるためLeague of Legendsはクソです。

 

3.4~5人の知り合いとやるのに丁度よすぎる

2人ならカードゲーム。3人でもまあカードゲーム。じゃあ4~5人知り合いが集まったら?

 

League of Legendsはそりゃあもう一緒に遊ぶのに適切なゲームですよ。別にロールなんてうまい奴が譲ればいいし、「ゲームにあんまり課金したくない」人を誘うのも問題ない。これほど知り合いと遊ぶのに障壁の少ないゲームもなくて、だからこそ同じような仲間で6年近く同じゲームを続けられるんですよね。4人集まって1人足りなかったら「あ~~~天才プレイヤーの力必要か~~~」ってなるし、ちょっとやれない時期が続いても「どうなってんの!?」って聞けばすぐ教えてもらえる。そりゃやっちゃうよね。よってLeague of Legendsはクソです。

 

4.負けても他人のせいにできすぎる

つい最近「多人数戦は人のせいにできるから続けられる」ってTwitterで書いた人がいて、それを「理解できん」って書いている人をTLで見かけたんですが、僕はどっちもわかるなって感じなんですよ。全て自分に責任が返って来るストイックなゲームで自分を磨く感覚も好きだし、逆に運や味方のせいにしないとやってられないよ、っていうのもわかる。1:1のゲームで負け越すとやっぱ「あー死にてえな~」ってなるしね。

 

味方のせいや運のせいにして自身の実力が向上するかどうかはおいておいて、対戦ゲームの勝敗を味方のせいや運のせいにできるっていうのは、多くの人々がゲームを続けるうえで大事なことだと思う。競技的な人からすると何甘えたこと言ってんだってなりがちなんだけど、多分そうなんですよ。

 

味方のせいや運のせいにできないと、みんなやらない。いや、“勘違いできない”。勘違いしてる外人や日本人、ランクでいっぱい見てきたじゃないですか。そういうことなんですよ。負けても他人のせいにできるっていうのは、イコール勘違いできるということ。勘違いできるって、対戦ゲームをやるうえでこのうえないモチベーションなんですよね。

 

勘違いできるゲームは素晴らしいゲームですけど、勘違い野郎に僕のせいにされるとたまったものではないのでLeague of Legendsはクソです。

 

5.ゲーム展開に幅があるので飽きなさすぎる

マップは単一でもチャンピオンの組み合わせは無限大で、味方同士との組み合わせもそうだし、レーンで対峙する敵チャンピオンとの組み合わせもそう。もっと言うなら集団戦での組み合わせもそうだし、それらのチャンピオンがどれくらい成長しているかもゲーム次第。

 

とにかくゲームに幅がありすぎる。何かに飽きても別の遊びができる。

 

数をこなすとなんとなくこのパターンだなってハメることはできるけれど、あくまで同じような状況が訪れているだけで、同じ状況が訪れているわけじゃない。そんな個別の状況に対して一つづつ答えを出していくのは、すごく面白い作業なんですよね。

 

アップデートも頻繁だから日々答えも変わっていくし、そういう意味で無限に答えを追い求めることができるゲーム。そんなものをゲームの掛け持ちで時間のない現代ゲーマーに提供するので、League of Legendsはクソ。

 

6.人口が多すぎる

対戦ゲームは人口ゲーなんですよ。僕は何度だって言います。人口の多いゲームはそれだけで面白い。人口が多いと何がいいかって、人々が納得しやすいマッチングシステムを用意できるんですよね。

 

人口が少ないゲームのマッチングシステムは、まず「マッチしない」という状況を回避しないといけないから、それに伴ったシステムにする必要がある。でも人口の多さが担保されているゲームなら、それ以外の要素を重視したマッチングシステムを組める。

 

マッチングシステムがしっかりするとどうなるかっていうと、色んな実力の人が“勘違いしやすい”状況が産まれる。ここでも勘違いしやすい仕組みができている。

 

マッチングシステム以外でも、人口が多ければ一緒に遊べる人を単純に見つけやすいし、そのゲームの話ができる話相手を見つけやすいし、人口が多いっていうのはそれだけで高く評価されるべきものです。ゲームの内容よりも、人口が多ければ面白いって、最近皆さん感じてるところではないでしょうか。

 

Bronze5の最底辺にならない限り、誰でもヒーローになれるチャンスが訪れ、そのへんのゲーマーに武勇伝を語ることのできるLeague of Legendsはクソ。

 

 

あとがき

League of Legends、あまりにクソでしたね。

 

 

今をときめくゲームキャスター・サイゲームスドッグ・kuroebi様、約束通りLeague of Legendsの悪口を書きましたので、「歴代RAGE優勝者で嫌いな奴Tierリスト」を御自身のブログで公開して頂けますよう、何卒よろしくお願い致します。

 

 

それじゃあまた。

平手打ち

ちょもすです。書く事いっぱいあるなー。請求書の山にハメられてる話、ウォーブレが軽くなってちょっと楽しい話、上記に追われてるとドラクエがあんまりできない話、例の記事の話、どうぶつタワーバトルの話、書きたいことはたくさんありますが、今日はTLで偏差値を上げすぎたので偏差値の低い話題でお茶を濁そうと思います。

 

平手打ちをくらった

 

こういうのって別にいまにはじまった話じゃなくて、前々からそれなりにあって。「ちょもすさんのファンです」っていって話かけてくださる初対面の人のうち5人に1人は、30分くらい話すと大体「お前は大して大戦がうまくない」とか「お前はハナクソだ」とか「でもちょもすさんあんまりカードゲームうまくないですよね」とか言ってきて、ちょもすのファンを名乗る奴にロクなのはいないんだなということを実感しながらも、それでも僕を見知ってくれてること自体がありがたいことだなと思って話をお聞きするんですけど。

 

それでもさすがに、結婚してくれからの平手打ちコンボは最高記録だった。ワールドレコード。オリンピックで「WR」って出る。結構バシーーンってなったからね。バシーーーンって。メガネ飛んだし。びっくりしたと同時に、後ろで見てたオオタさんが「お前それはさすがに」みたいになってるのを見て「あっなんか俺理不尽に殴られた。ちょっとムカついてきたぞ」ってなった。

 

見てた人達がさすがにさすがにみたいになってて強制的に僕を平手打ちした人が謝る流れになって謝られたんだけど、いかんせん泥酔してるからすごい顔を寄せながら謝罪してきて、口からよだれがどぼどぼ垂れてきて僕のズボンにかかる。だからもう謝罪はいいから早くこいつを僕から引き剥がしてくれという気持ちでいっぱいだったんですが、それでも全体の儀式として必要なんだろうなあと思って、いやいやもういいですよ、大丈夫です、という話で終わりました。残念ながら「忘年会で思いっきり殴られた話」とはなりません。

 

お酒の飲みすぎには気をつけましょうという以外の結論はないんですけど、こういう仕打ちを受けるならそれこそ僕にもっと良いことあってもいいんじゃないかなと思うんですよ。平手打ち食らうし、ありもしないスキャンダルを捏造されるし、その割に僕が平手打ちを食らった後ろで爆笑してる不動産会社の社長は今日もタワマンで有名人とワインを飲んでて、僕はアフィリエイトで100円くらいになるブログ記事を書きながら缶ビールを飲む。

 

世の中うまくできていると思います。今年も当然クリスマスの予定はありませんから、こんなブログを読む残念な方々とゲームする配信でもしようと思います。

 

 

偏差値の低いブログ更新でした。

 

それじゃあまた。