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chomoshのブログ

だいたいゲームのこと。

ゲームの終わり

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最近僕はドミニオンにハマっている。というのも、僕が何気なくTwitterで「なんかいいゲームないですかね!?」くらいの事を、誰に言うでもなく言ってみたら、えらい人に「ドミニオンどうっすか?」「ここで始めるのが良いですよ」、と懇切丁寧に教えて頂いたため、おおこれはやるしかないんじゃないかと何か僕の中で火がつき、久々にやってみたらやっぱり面白くて、一日に30戦くらいのペースでやっている。話題の本も買ってしまった。

そうなると、今度はjubeatをやる時間がなくなってくる。最近気付きはじめていて今日確信したのだが、僕のjubeatの目的は「上達すること」そのものではなく、「友達と一緒に出来るようになること」だった。あまりにレベル差があると一緒にやってもお互い「あるあるw」みたいな会話にはならないのだが、ある程度まで一緒のレベルになれば、共通の話題になり得る。それで十分だったのだ。その目的は、もう7割くらい達成している。後は最難曲とかにチャレンジして「あれはほんとクソだな!」とか言えるようになるくらいだと思う。

まあ、だからといって全くjubeatをやらなくなるかと言えばそうではない。jubeatを始めたもう一つのきっかけとして、皆でゲーセンに集まる時に俺だけやるゲームがないという問題を抱えていたので、それを解消するということがあった。だから、そういうやり方はもちろんするし、それでなくても気が向いたら全然普通にやりにいくと思う。今の熱はドミニオンに向けられている、ということだけだ。



閑話休題。

昨日、知り合いのカードを借りて三国志大戦をやった。さすがにかなり酔っぱらっている状態で全国大戦をやるのは気がひけたので、全国演習をやったのだがこれがまた悲しかった。
一戦目は武安国の入った神術号令デッキだったんだけれども、孫堅が3回刺さり死ぬも、借りたデッキが赤壁天啓デッキだったので、武安国を焼き払い続けて勝ち。
二戦目も武安国の入った神術号令デッキで、同じ人。武安国を焼き続けて勝ち。

「ああ…」と、形容しがたい感情が湧いた。別に、同じ人と2連続でマッチングすること自体は僕がやっている頃から結構あったけれども、これは「ゲームの終わり」だなと思った。根拠はない。何か、僕の中で色々な要素が積み重なっていてそう思うのだろう。
今日行ったゲーセンも、前行った時にあった8台の筺体は4台になっていた。実際に人もあまり見ないし、ICカードが売り切れでもう仕入れないゲーセンがある、なんて話も聞く。
僕がプレイしていた頃に出来た三国志大戦仲間たちのツイートを見ていても、もはや、誰も、三国志大戦の話などしていないのだ。



ちなみに、だから「皆で三国志大戦もっと盛り上げようぜ!」とかそういう話ではない。三国志大戦は終わるべくして終わる。それでいいと思う。むしろ大往生だ。このゲームはたくさんの後発ゲームを作った。パッと思いつくだけでも、戦国大戦、LoV、悠久の車輪、アクエリアンエイジ…。このゲームは確かに一時代を築いている。

ただ考えていて思ったのだ。僕が一番ハマったネット対戦ゲームは三国志大戦だ。そして、一番最初にハマったネット大戦ゲームも三国志大戦だ。僕は、自分のやりこんだゲームの終わりをまだ見たことがない。

色々あると思う。Quest of Dは、最終日にお祭り的にプレイされていた。(ように見えた)はたまた、サーバーのデータが消滅して復旧できなくなってそのまま終わったネトゲもあった。

三国志大戦がどういう終わり方を迎えるのか。僕はそのことに興味がある。

僕らは今後、様々なゲームの終わりに立ち会う世代だと思う。
そして僕らはこの先、たくさんのゲームの終わりの前にどう向きあっていくんだろうか。