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chomoshのブログ

だいたいゲームのこと。

僕の三国志大戦の歴史をひたすら書き連ねるだけ

その他

 

 

 

動画が止まった時点で、もうその時が近いことは皆正直わかっていたと思うんですよ。それがいつか、というだけなんですけどね。

 

 

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三国志大戦に出会ったのは高1か、高2の時だったと思う。だから始めたのは2の初期とか、中ごろくらいかな。ギルティギアを始めてゲーセンに行きはじめて、ゲーセンにちょいちょい行くようになってから、すごいゲームがある事にいつだったか気づく。

 

何やらプレイするのに行列ができている。オンライン対戦ができる。カードを動かすと画面の中の武将が動く。

今じゃタッチパネルとかそういうのってもう普通になっているけど、当時は凄かったんだよ。戦場の絆とか、三国志大戦っていうのは、僕が小学生の頃に思い描いていた夢のゲームそのもので、凄く衝撃的だった。

 

高校生になっても中学生の頃の友達とよく遊んでいて、その仲間と、お金が無いながらもやるようになった。カードショップに行って(自分からカードショップに足を運ぶようになったのはこの時くらいからだと思う)、Wikiに書いてあった曹操とテイイクの入った覇者の求心デッキを組んで、槍の武力が低すぎてうまく使えなくて、あんまり勝てなかったのは今でも覚えてる。

 

やってる途中に弓マウントめっちゃつえーなってことに気づいて、3連勝くらい出来て、8/2のキョチョと大水計と刹那曹仁を入れた槍無しデッキをデッキ診断スレにドヤ顔で晒したら、「槍無しはあり得ない、ゴミ」みたいなことを言われて、こいつはなんだ三国志大戦のことを何もわかってねーなって思ってたのが6州とかそのくらいだったな。

 

それくらい三国志大戦がまだ全然よくわかっていないタイミングで、全国大会があった。YO3が優勝した時の奴だったかな。やたら、選手の紹介ムービーが凝ってたやつ。

よくわからないんだけど、とりあえず行ってみるかと、一人で大鳥居まで行って、セガ本社に開始二時間くらい前に並んで、大会を見てた。うまいとかヘタクソとかはよくわからなかったし、○○先生とアシミニさんが一緒にくっついてると盛り上がってるのとか当時「???」って感じだったんだけど、それでもなんか熱気があったし、凄く楽しかったことを覚えてる。このゲームなんか凄いし、俺もあの壇上に上がってみたいと、その時思った。

 

いつからか知り合いのやる気がなくなっても僕はこのゲームをひたすらやり続けていて、覇王くらいまで上がった。使うのは大体その時の厨デッキだった。独学でひたすらやり続けていたから、征覇王に上がれるか上がれないかくらいでランカーにカモられるようになった。そのへんで階級が上がらなくなって、一度征覇王になったかならないかくらいのところで、面白くなくなって、三国志大戦をやめた。

 

 

 

ある時に、大戦を一緒にはじめた奴が「大戦3になったからやろうぜ!」と声をかけてきて、最初はあまり乗り気じゃなかったんだけど、復帰した。その知り合いは手腕デッキを使っていたんだけど、「呉に1コスト騎兵が出たら壊れる」とか2の頃の2ちゃんねるには一生書いてあったのに、凌操が出ても大して強くなかったことが頭の中に強く残っている。長槍傾国が強かった。2ちゃんねるは本当にいい加減だ。

 

忠義全盛期の時にようやく本腰を入れてやるようになって、Wikiのチーム一覧から適当なチームを探して、「ナマクラーズ」に入った。あれが何年前か。

 

オフ会のあるチームが良かった。VIPのチームに2の頃何度か常駐していたけど、別に何も面白くなかったし、どうせならプレイヤーと話がしたいと思った。幸い、ギルティギアで何度かオフ会の経験があったから、その辺はあまり違和感なく突っ込めていけたと思う。

 

ナマクラーズの一回目のオフ会は上野だった。アメ横というよくわからない存在が上野にあることをこの時知った。上野のゲーセンはその時貴重な三国志大戦を録画できるところで、そういう理由で上野に集まっていた気がする。

 

オフ会に集まったのは4人だった。チームリーダーのくどぺったんと、後にリア充になって早く死ねと思った名前を忘れたあの人と、センリさん。今思うと、このコミュニティの2/3が今でも続いてるんだから、僕は本当に三国志大戦に感謝しなければいけない。

 

印象に残っているのは、センリさんが今以上に陰気で、なんだこのオタクは、健全な日本語を話すことができるのか、と一番最初に思ったことをよく覚えてる。かなりのマイナスイメージだった。僕も正直人のことを言えない人となりだったと思うんだけど、そう思ったんだよ。そう思っちゃったんだから仕方ない。ちなみに、センリさんは普通に健全な日本語によってコミュニケーションを取ることができた。

 

4人でその辺の飲み屋に入った。カウンターの席だったな。三国志大戦で飲んだのはこれが初めてだった。

 

話した内容は覚えてない。でも普通の会話だった。普通の会話なんだけど、ゲームを通じてこうして普通に会話ができる人が増えるのはすごいなとしみじみ思った。

 

「ゲームばっかりやって何になるんだ。ゲームは一日一時間だ。」

約束を破ったから電源コードを取り上げられる。しょうがないから、友達の家にいってなんとかゲームをやらせてもらう。ネットゲームにはまっていた時にはよく漫画喫茶でやった。

 

どうしてもゲームをやりたい中、満足にゲームを出来ない中学生時代を過ごしていたから、オフ会が終わったその時、ゲームってやっぱり凄いんじゃないか?信じてもいいんじゃないか?と考えるきっかけになった。

「ゲームばっかりやっても本当の友達は出来ない」

そんなことを子供の頃さんざん母親に言われた気がするけども、今なら自信を持って言い返すことができる。その元になっているのは、何を隠そうとも、このナマクラーズに出会いによるところだし、三国志大戦によるところだ。

 

 

その後、適当な時期に他のチームに移った。またオフ会のあるところだ。今度は、ランカーになるかならないかくらいの強い人がチームリーダーで、その人に教えてもらえる機会があった。

 

この時、三国志大戦における押し引きの概念だったり、もったいないという概念を学んだ。うまく言葉には出来ないんだけど、僕の三国志大戦のブログに出力されていたほとんどは、あの人が言っていたことを僕なりに解釈したことだ。凄い人だった。平野綾に似たお嫁さんと結婚した所までは覚えてるんだけど、今でも元気してるかなあ。

 

そのチームは結構大所帯で、色んな人がいた。格闘ゲームを少したしなむ人が一人いて、何人かで格闘ゲームやっていたらちょっと舐めプともとれる行動を知り合いがその人にやってしまって、普通に笑っていたら、その人がガチで切れて、胸倉を掴んで、おうなめとんかみたいなことを、どこぞの方言で言っていた。こんな人も本当にいるんだな、と学んだ。

 

何処に住んでるのかよくわからないし、どうやって収入を得ているのかよくわからない人もいた。でも、ちゃんと生きてるし三国志大戦もちゃっかりやってるみたいな人。僕はそれなりにちゃんと育てられてきた方だと自覚しているので、こういう育てられ方をして、こういう生き方をする人がこの世にいるんだということを学んだ。ちなみにその人はチーム内に穴兄弟を作ってこのチームは気まずくなった。

 

あと30近くなって生活費がきついという理由で僕に麻雀の金を払わなかった人もいたな。なんでお前は麻雀をしにきたんだと心底思ったけど、でもそういう人も意外といるもんなんだなということがわかった。後日、その人の母親が大変だ、もう三国志やってる場合じゃないかも、みたいなことがmixiのコミュニティ書かれた時に、「金返してからいなくなってください」といった旨を書いたらチームリーダーにキレられた。世の中は理不尽だと思う。その時の5000円はいまだに返してもらっていない。あの人ももう40近いのではないだろうか。5000円を今すぐ返して欲しい。MOで僕の生活費がきつい。

 

麻雀の金はアテにならないということを学んだ。

 

悪いことばっかり書いてるけど、いい人も多かったよ。僕がニートの時、一緒にハローワークに行こう、みたいな感じで、真剣に話をされたこともあった。あの時さらさら働く気がなくて断ったんだけど、本当に真剣に話をしてくれた。申し訳ない気持ちと同時に、こんな僕に対して真剣になってくれる人が、このゲームによって現れたのか、と。それは凄いことだと思った。

 

 

それくらいの時期に、ナマクラーズのセンリさんがニコ生に目をつけた。その時のニコ生は本当に黎明期で、三国志大戦の放送なんてしている人がいなかった。よくわからないけど面白そうだったので、コミュニティを借りてニコ生をやりはじめるようになった。

 

ニコ生はランカーくらいになると急にやりやすくなる。なぜなら「ちょもすさんがランカーなんだからちょもすさんの方が正しい。匿名コメント死ね」みたいな人が一定数現れてくれるようになるからだ。これが中途半端なランクだと、大したことを言えないし、大したことを言えば、「覇王が何言ってんだ(笑)」となる。ゲームにおけるランキングとは、ソーシャル的な場での発言力とか、コミュニケーションを円滑するために大きなアドバンテージなんだな、ということをこの時に学ぶ。

 

ブログや動画もやった。三国志大戦をやった帰り道に歩いていると、その日の対戦履歴をどう料理しようかみたいなことを考えて、うまく料理できると、面白おかしくブログに書いたり、生放送したり、動画を上げたりしていた。僕と対戦する方からしたら本当に最悪な奴だったと思う。当たるだけ損だもの。

 

そんなことばっかりしていたから三国志大戦のランカーの人々とはあんまり仲良くなれなかった。僕が無名から目立つ所に重きをおいたので、ある意味しょうがなかったとも思う。一部仲良くしてくれた人もいたけど、基本的にはゲテモノ扱いだった。それすらもネタにしていたし、今でもするけどさ。

 

三国志大戦をやる前の僕は、完璧主義すぎるところがあった。今でもちょっとそういうところあるんだけど。例えば、コンビニのレジで予定外の質問がきてどもっちゃったりすると、恥ずかしくなって、しまいには「あの店員クソ!」みたいなことを思う典型的なオタクだった。

 

三国志大戦のニコ生などで発信しているうちに気づいたことは、そういうのって「恥ずかしかった!」という風に消化しちゃった方が人生というか、心構えというか、そういうのが楽だなってこと。だからうんこを漏らした時も正直に言ったし、今でも言う。その方が僕にとって楽だし、面白いからだ。僕にとって恥ずかしい時ほど、芝生コメントは生えるし、ニコ生の勢いは出る。それは行きすぎると人生を捨ててしまうことになるのは、ニコ生の視聴者数の多い人の放送をウォッチしまくって学んだけど、これは別の話か。

 

ちなみに、三国志大戦における発信の結果かどうかはわからないけど、彼女ができたこともあった。まさか僕にそんな時期が訪れるとは思っていなかったから、びっくりした。でもその事を公表してはいけない雰囲気みたいなのがあって、それが辛くて、すぐ別れてしまったけど。

 

ああ大会にも出たな。なんかの予選の時に、東京じゃ勝てないからって栃木まで行って、負けた。蒼閃龍さん。まだ一方的に許していない。

悔しかったなあ。結局、僕は大きい大会で一度も結果を残せなかった。壇上に登るのが夢だったんだけど。まあ、そこはCoJで果たせて割と嬉しかったりするしいいのかな。三国志大戦がなかったら、今僕はCoJをしていないかもしれないし、していたとしても、こんなにありがたがられることはなかったと思う。

 

 

 

とにかくさ、ここには書ききれなかったり、書いてはいけなかったりすることもあるけど、三国志大戦には色んなことがあったし、色んな出会いがあったし、色んな学びがあったよ。

 

今の僕は三国志大戦の土台の上に立っています。このコンテンツがあって、「ちょもす」は成り立っているし、「僕」も成り立っています。

 

 

今まで本当にありがとうございました。

 

 

またなにか思い出したら書くよ。今日は遅いので寝ます。

それじゃあまた。