chomoshのブログ

だいたいゲームのこと。

この世の後攻は多すぎて、この世の味方は弱すぎる

ご無沙汰しております。というかあけましておめでとうございます。匿名掲示板の方々に「そろそろ30半ばだと思うし(身の振り方を)考えたほうが良いと思う」「いやあいつはまだ20半ばだよ」などと心配される人生を送っていますが、今年もまた心配されるようなちゃらんぽらんな生活が出来れば良いなと思っております。

 

本年もどうぞよろしくおねがいします。

 

本題に入る前に告知だけ。

 

dengekionline.com

 

告知全然遅いんですけどね。今日なんですけどね。いやでも話聞かされたの先週の金曜日とかだしね。うん。とにかく出るのでお時間ある方はよろしくお願いします。第一回第二回の配信が視聴者数2桁の様相を呈しているので、ここらで一発3桁に持ち上げたいというのが僕の個人的な目標です。

 

この世の後攻は多すぎて、この世の味方は弱すぎる

対戦ゲームする人でSNSをやっている人には、多くを語らずともピンと来る内容だと思うんですが、よくあるじゃないですか。TCGにおける「また後攻だよ~」とか、多人数戦における「味方が弱すぎる~」みたいなの。CoJに限っていうなら、今でこそ後攻を嫌がる人は少ないけど、一昔前は多かったよね、という話ですけど。

 

まあそういうのをよく見るじゃないですか。で、その逆、「また先行!」とか、「味方が強すぎる!」っていうのは、確かに見ないことはないんですが、あんまり見ないですよね。どちらの発言をよく見るかと言えば、「味方弱すぎ」の方だと思います。

 

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僕の勘違いだとアレなので、実際にTwitterで「味方強すぎ」と「味方弱すぎ」を検索してみました。

 

上から8番目のツイートを比較してみると、13時間前まで遡るのが「味方強すぎ」、9時間前までしか遡れないのが「味方弱すぎ」であることがわかります。100番目まで遡れば、その差は更に顕著になります。「味方強い」「味方弱い」など、検索ワードを変えてみても、多少のノイズがあるとは言えど、100件単位では「弱い」方が優勢になります。

 

なるほど、「味方弱すぎ」の方が多いと感じていたのは、そんなに間違っていないようです。

 

これって、「実情は正しくないけど、人間の働きとしては正しいんだよな」ということを最近ようやく自分の中で言語化できたので、今回書いておこうと思った次第です。

 

“本当に”味方は弱すぎて、“本当に”後攻の方が多いのか

まず「後攻多すぎ」問題について考えてみますが、これはもう、皆さんわかりきったことだと思いますが、1対1のゲームにおける先行と後攻の割合は1:1です。後攻プレイヤーがいるということは、先行プレイヤーがいます。なので、この世に先行プレイヤーより後攻プレイヤーが多いということはありえません。あたりまえですね。

 

また、デジタルゲームにおいて特定のプレイヤーが後攻を引きやすい、というのもほとんど無いと僕は思っています。そんなシステムを実装する理由が思いつかないからです。

仮にあるとすればどんな方法なんでしょうか。ストレス発散のために「あっOGRがやってる!……今日は後攻祭りにしてやるかw」と後攻ボタンを押す開発チームちゃみ、通称ちゃみシステムみたいな感じでしょうか。あながち否定できない話でもないですが、そこまで性格の悪い奴ではないと僕は思っています。

真面目な話、後攻が多すぎるというプレイヤーがそれを証明するために、数千試合単位での先行後攻の偏りのデータを挙げているところを今まで見たことをないのが、僕が「特定プレイヤー不利システム」に納得できない大きな理由です。

 

同様に考えれば、特定のプレイヤーの味方が他のプレイヤーと比べて弱すぎるように設定されることもないでしょう。チーム同士の実力の均衡を保つ上で、上位プレイヤーほど下位プレイヤーと組みやすい、というのはあると思いますが、同じ実力とみなされるプレイヤー二人に対して、片方の味方を強くし、片方の味方を弱くしているとは考えづらいですね。作る人間がそれをする意味がないからです。

 

そこで乱数の偏りとかそういう概念を持ち出すことも出来るとは思うんですけど、完全否定するわけではないんですが、そんな曖昧なものより、もっとしっくり来る説明があるんですね。

 

プロスペクト理論

プロスペクト理論 - Wikipedia

プロスペクト理論:行動経済学&社会心理学の研究

 

確率に関わるゲームをやっていると、こういうところにいきついたりするので、ご存知の方も多いんじゃないでしょうか。プロスペクト理論です。名前が強そうでしょ。

 

引用します。(一部改変)

 

宝くじをあなたが引くとして、

例えば、以下の2つのパターンのくじが選べるとする。

1.もれなく¥10000が当たるくじ。


2.50%の確率で¥20000が当たるが、残り50%の確率で¥0のくじ。


この場合、あなたはどちらを選ぶだろうか?実験によれば、約60%の人が「もれなく¥10000が貰える」方を選んだ。

 

では、次の場合はどうだろう?

 

1.もれなく¥10000を罰金として取られるくじ。(※1)


2.50%の確率で¥20000を罰金として取られるが、50%の確率で免除されるくじ。(※2)


この場合の実験結果では、(※1)を選んだ人の割合は30%にまで落ち、(※2)を選ぶ人が70%までに昇ったのである。

 

このくじによる実験は、結果的に見た場合、どの選択肢を選んでも、金銭的価値としては全て同様の¥10000であるはずですね。でも、最初の実験の場合は得られる金銭が少なくても良いからより堅実性の高い選択肢を選び、2番目の実験の場合は、よりリスクの高い(つまりは堅実性の低い)選択肢を選んでリスクを回避しようとする意思を見て取れるわけです。

つまり、同じ額でも自分の「利益」と「損失」では「損失」の方がより強く印象に残り、それを回避しようとする行動をとる事を示しています。これを行動経済学では損失回避性と言います。

 

又、同額であっても損失の方をより強く感じる事に変わりは無くとも、損失・利益共に額が大きくなればなるほどその感覚が鈍ってくる事も実験によって分かっています。これを感応度逓減性と言います。

 

要するに、

1.人間はアホだから、「損したこと」がより強く印象に残りやすい

 

2.人間はアホだから、「自分が感じる価値」と「金額」は比例していない。利益や損害の大小よりも、「得したか(0より+になったか)」「損したか(0より-になったか)」という部分を重要視する。

⇒2倍の金額を半分の確率で得るよりも、1倍の金額を得る方が得だと感じやすい。また、1倍の金額を支払うよりも、2倍の金額を半分の確率で払う方が得だと感じやすい。

 

ということですよ。びっくりするでしょ。これ、“この世に後攻が多すぎる”答えになってると思いません?

 

SNSに「俺は後攻しか引かない」的なコメントが垂れ流されて、「先行最高!」なコメントがあまり流れてこないのは、別にゲーマーの性格が悪いわけでも、数千試合単位で後攻が偏ってるわけでもなく、後攻になってしまった(損をした)ことを強く感じやすい人間の性質だというわけです。味方が弱すぎるのも、相手に比べて味方が弱すぎる(損をした)ことを強く感じやすい人間の性質だというわけです。なるほど、だからSNSでああいう現象が起きるんです、といわれれば、「乱数の偏り」よりよっぽど説得力があるよなあ、と思うわけです。

 

かといって

ここからは僕個人の思想的な話ですけど、じゃあ人間の性質だから仕方無いといって、SNSで糞尿撒き散らすのはちょっと違うと思うわけですよ。うんこは公衆便所でしないとだめなんですよ。SNSは公衆便所じゃなく、どちらかというと開けた交差点とかだと思うんですね。

 

確かにうんこしたい時はめっちゃしたいし、我慢できなくてちょっと漏らしちゃうこともあると思うんですけど、毎日毎日交差点で「うお~~~今日も出る~~~」とか言いながらうんこを漏らしてる奴がいたら「うわっ、またあいつ漏らした」みたいになるじゃないですか。それはやばいと思うんですよね。

 

全員が全員「後攻多すぎ」を「うんこ」だと思っていなければ別にいいんですけど、うんこだと思っている人は実際いるし、少なくとも見てて気持ちのいいものではないじゃないですか。うんこ。踏みたくないし。しかも他人の脱糞シーンなんかもっと汚いわけですよ。

 

だからね、出来るだけうんこは公衆便所とか家のトイレとかでするべきで、交差点でするべきではないと思うんですよ。うちのお母さんは少なくとも交差点でうんこしないようにしつけてくれたので、僕は交差点でうんこせずに済んでますが、そういうことだと思うんですよね。うん。

 

伝わったかなあ……。

 

 

 

放送前に変なテンションになっちゃったけど行って来ます。

本日はどうぞよろしく。

 

 

それじゃあまた。

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