「女性カードゲーマーの思考とか~」を読んで考えたこと
こんなまとめを読んだ。
女性カードゲーマーの思考とか姿勢とか+いろいろ脱線 - Togetterまとめ
ちょもすお決まりの定型文としては、「女性カードゲーマー」というくくりが広すぎて全く愚かしいという所からはじまるんだけど、それはいつも言ってるから今回はパスするとしよう。
フレーバーを楽しむということ
いつか、何処かの記事で、「女性はゲームのフレーバーを楽しむ傾向にある」っていう一文を見た記憶があって、その時、コードオブジョーカーと結び付けたことをよく覚えてる。僕もどちらかというとゲームのフレーバーは好きなほうだと思う。
例えばバクダルマンはチェインフレイムを起こしたり結構悪い奴なんだけど、実はユキダルマンと仲がいい設定があったりするとか、学びの庭のフレーバーに「珍獣達が通う森の学校」って書いてあるくせにリトルドラコが書いてあったりとか、そういうのは結構見てる方だと自分で思っている。
よく言われているけど、コードオブジョーカーは、キャラクターに対するフレーバーというか、世界観というか、そういうものはあまり説明されていない。これは勿体ないことだと思う。MTGとか三国志とか、他の数あるネトゲの本スレみたいなのを見てて思うんだけど、バージョンアップからしばらくして暇な時の話題って、ゲームだったりキャラクターのフレーバーに関して言及してることが多いんだよね。
次の世界はどうなる~とか、史実ではこうだったのに何故こいつはこんな設定になってるんだ~、とか。その正誤はともかくとして、そういう話題で盛り上がれるということ自体は、そのゲームにとってある程度大切なことなんじゃないかと思う。
そしてこれは特に、男性よりも女性の方が、パラメータとして重視しやすいのかなあと僕はなんとなく思っている。統計とかとっているわけではないから僕の経験と勘でしかないんだけれど。
キャラクターや世界へのフレーバーが不十分なために、ある層に対してのアプローチが出来ていないと言うのは、ひどくコードオブジョーカーの勿体ないところだと思うんだよなあ。
女性の集まるゲームは男性も集まる
女性の集まるゲームは男性も集まる。下世話かもしれないけど、これは事実だと思う。僕もなんかガンスト見てると女の子がわいわいやってて「ガンストやろうかな……」って思う時がある。そういうもんだと思うんですよ。生物学的な何かですよ。オタサーの姫って要はそういうことですよ。
だからゲームを盛り上げようと思ったら女性を集めることだと思うんですよね。ゲームは言語として成立しうる。言語習得のためにペルソナをやっている男がこの世にどれだけいるかってのをこないだ電車の中でP4Gやってる人を見て考えた。どれだけいるかはわからなかったけど、でもいるだろうなって結論に僕の中ではなったんだよな。
ストーリーモードの実装を待ち焦がれるオタク
で、ありきたりな結論として、ストーリーモードがコードオブジョーカーにできないかなあと切に思う。コードオブジョーカーには主要キャラクターの掘り下げが必要だよ。漫画は惜しいんだけどちょっと足りてない。
いや、それなりに豪華な声優陣を使って現状こうなっているってことは、最初はそういう路線だったけど、途中で方針変更的な何かがあったんじゃないのかなとも考えられる。でも、あえて、それでも、ストーリーモードやってくれないかなと思う。GGXXの家庭用のストーリーモード楽しかったじゃん。そういうことだよ。
それで今更女性プレイヤーが爆発的に増えるかって言ったら絶対そんなことはないと思うんだけど、男同士でもそういうお話で盛り上がれるのって僕は好きだし楽しいと思うんですよ。フレーバーってドラマも産まれるじゃないですか。関羽が呂蒙倒しちゃったー!!的な。
という、オタクらしいオタクのつぶやきでした。
それじゃあまた。