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chomoshのブログ

だいたいゲームのこと。

炎上しないために

CoJ - コラム CoJ

昨今のCoJ界隈はよく炎上することに定評があるけど、これって別にCoJに限った話でもないと思うんですよ。コンビニの冷蔵庫に入ってみたり、無免許運転を自慢してみたり、昔は無かった現象が最近は急増してる。

 

それはただ単に、今まで「見えなかったもの」がインターネットによって「見えるようになった」というだけの話なんだけど、「見えるようになった」ことに対して敏感でない人は結構いる。ということで、今回はどうやって個人で炎上を避けていくのか、ということについて、ちょっと書いてみたりします。

 

発信しない

もう本当にね、これに尽きると思うんですよ。データを発信しない。それは文章であれ、画像であれ、音声であれ、なんでも。電波を飛ばさない。LANケーブルからデータを送信しない。そうすれば炎上することはない。当たり前ですね。

 

ただまあ、コミュニケーションを取る上だったり、仕事上だったり、データを発信しないで現代社会を生きるのははもはや不可能と言ってもいいので、発信しない生活というのは、現実的な解答ではない。

 

それでもあえてここで書いたのは、一番基本にあるのはここなんじゃないか、という再確認の意味。何も全てを発信するなという訳ではなくて、自尊心とか自己顕示欲に負けずに「発信しない」を選択できるということについて、自覚的であるべきだと思うんですよ。

 

自尊心と自己顕示欲

概ね炎上する時って、大体こいつらが原因で炎上するように思う。僕も失敗したな~と思う時はこの二つで失敗する。

 

人間って誰しもドヤ顔したくなっちゃうと思うんですよ。もうそれは人間としてしょうがないことだと思うんだけど、ことネット上に関しては、これがかなりの炎上リスクを秘めているのは間違いない。

 

よく見る界隈の炎上パターン三つ

1.俺は強いが運が悪い。俺は悪くないパターン

⇒(ハンデスデッキに負けて)「ヴァンガードでもやってろ」

 

2.嬉しくなっちゃうパターン

⇒「ランカーには負けたことありません」

 

3.1や2の正当性を保つために嘘をついてしまうパターン

⇒「そんなこと言ってません」(大体スクリーンショットを貼られて嘘がすぐバレる)

 

自分が傷つきたくなかったり、ドヤ顔したいがための発言をしてしまうと、コミュニティの結束を強めるための格好の標的になってしまう。

 

何故炎上するのか

最近読んだ本に書いてあった。

 

デジタル・ネイティブとソーシャルメディア―若者が生み出す新たなコミュニケーション

デジタル・ネイティブとソーシャルメディア―若者が生み出す新たなコミュニケーション

 

 

こうした情報の広がり方は起承転結があると言われている線香花火の燃え方に似ている。(中略)実際、ほとんどの情報はコミュニティの外に出ていくこともなく、またコミュニティ内でリツイートが果てしなく繰り返されることもない。最初のうちに広くツイートがウケて、共感され、それが徐々に収まり一つの話題が終わる。TwitterやGoogleの検索ワードの広がりを分析するとこうしたパターンを取ることが多い。このようにソーシャルメディア上での情報の中には、尽きることのない「ネタ」としてコミュニティ内でのつながりを確認するための共感の燃料として消費されているものもある。

 

なんで炎上するかと言えば、炎上を楽しみたい人達がいるからですよ。それは悪趣味という話では片付けられない、「コミュニティの形成」とかそういう重いワードが絡んでくる。難しい話はよそう。コミュニティは共感の材料を欲しているということだけがわかればそれでいい。

 

どうしてもその辺について考えたい人は上の本を買ったらいいと思う。普通に結構面白いよ。アフィは別に踏まなくてもいいから中古とかで見つけたら手に取って見てはいかがか。

 

 

発信する時に必要なのはバランス感覚

炎上しないギリギリのラインを攻めてうまくやっている人達っているじゃないですか。NHK公式アカウントとか。いや若干炎上したりしてるけどさ。そういう人達って何が優れてるのかなって考えると、バランス感覚が凄くいいと思うんですよね。

 

タイムラインを見て、世の中の流れを追って、今のインターネット上では何処までが受け入れられて、何処からが受け入れられないラインなのか。そういうのをしっかり把握している。

 

特に「流れを追う」というのが重要で、流れによって許される発言だったり、この人が言うから許される発言、みたいなのが確かにある。そしてそういうギリギリの奴が、往々にしてウケるもんだと思う。

 

自分の発信するモノはどれだけの人が受信して、そしてその内のどれだけの人が今までの文脈をくみ取ってくれるか、みたいな事を予想するのが凄くうまい人が、インターネット上でうまくやっている人なんじゃないかなあ、と僕は思うんです。そしてそのバランス感覚がイマイチわかっていない人が、炎上してしまう人なんじゃないかと。

 

「俺の発言なんか誰も見てないでしょ」も正しいし、

「インターネット上のデータは誰でも見れる」も正しいんですよ。

すごい難しいことを言ってると思うんですけどね。

 

言いかえれば、

「コミュニティの結束に役立たないお前の発言」は誰も見ていないし、

「コミュニティの結束に役立つお前の発言」は、すぐに拾われる。

といった感じになるかな。

 

それは鍵アカウントとか、LINEのチャットとか、関係ないんだよ。コミュニティに貢献できることを重く見る人であれば、データである以上、プライベートなんてあってないようなものだと思う。それは価値観の問題だし状況の問題なので、プライベートを流出させることを一概に悪と断じるのはただの思考停止に他ならない。

そういう欲求って人間に昔からあるはずなんだよ。週刊誌に皆いっぱいタレ込んでるじゃん。俺も機密情報的なのいっぱい言えたらすげー気持ちいいだろうなと日々思ってるよ。

 

 

ネガティブな気持ちはお酒の席かチラ裏に

だからインターネットって正直生きづらい世界だと思う。なんでもデータが残る。証拠が残る。もっと言えば文脈を無視して一部抜粋される。もうめんどくさい。だからめんどうくさくならないように付き合っていきたいよね。

 

どうしてもしたい悪口の話とかはきっとお酒の席とかに留めておいたほうがいいんですよ。今も昔も。なんでもかんでも知れたら皆がそれで幸せになれるかと言ったら、きっとそうじゃない。知った方がいいことと、知れなくてもいいことがあるはずなんです。

 

それでもたまにはTwitterに書きたくなっちゃう時があるんだけど、そういう時にうまくやるには、さっき言ったバランス感覚を磨くしかないかなと思う。ギリギリを攻めることによって、自己顕示欲を満たすしかないんじゃあないでしょうか。

 

 

 

なんかだらだらと箇条書きで書いてあんまりまとまってない気もしますが、言いたいことは言えた気がするのでこの辺で。今日のCoJはAPが減って大変面白くなかった。ハンデスに対する暴虐のネビロスが強すぎるのでなんとかしてほしい。 BP1000に修正とかどうでしょうか。

 

 

それじゃあまた。